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Past Exhibition

細倉真弓|散歩と潜水

2 September - 21 October, 2023

Venue : Takuro Someya Contemporary Art

  • Mayumi Hosokura, walking, diving #27 (look at you dancing) (detail), 2023, cyanotype print on cotton

  • Installation view, photo by Shu Nakagawa

  • Installation view, photo by Shu Nakagawa

  • Installation view, photo by Shu Nakagawa

  • Installation view, photo by Shu Nakagawa

  • Installation view, photo by Shu Nakagawa

Takuro Someya Contemporary Artは9月2日(土)より、 細倉真弓の個展「散歩と潜水」を開催いたします。

2021年の「Sen to Me」以来、TSCAでは2年ぶりとなる今回の展覧会では、2022年に香港医学博物館で開催された展覧会「後人類敘事——以科學巫術之名 Post-Human Narratives—In the Name of Scientific Witchery」で初めて発表され、その後日本でも同年にArt Collaboration KyotoのTSCAブースにて展示されたサイアノタイプのシリーズ《散歩と潜水》の新作を、新たに映像作品を加えて2スペースにわたり展示いたします。

 

 

 

散歩と潜水

 

毎日出会うイメージを日々合成して大きなイメージを作っていく。私はそれを仮に「地図」と呼んでいます。

地図は日々大きくなっていきます。そのデジタルイメージの中をスクリーン上で散歩して心惹かれる「部分」を探しに素潜りのようにデータに潜ってイメージを持って帰ってくる。

データの中に潜ってゆっくりとスクロールしながら画面を眺めていると、私が過去に撮ったイメージは自分を離れて、見たことのない、気づかなかった、魅力的な「部分」に出会います。

最初から写っていたものもあれば合成によって自動生成された細胞のようなディティールもある。

新しい発見と再トリミング。その作業は自分だけれど半分自分から離れていくような感覚もある。

そこからはデータを現実の世界にもう一度引き戻す作業をします。

日光により露光され、水に潜って定着されたクエン酸鉄(Ⅲ)アンモニウムと赤血塩で得られるサイアノタイプと呼ばれる紺色の画像は、知っているようで知らない、劣化のようでもあり生まれ変わったようでもある、妙な居心地の悪さと新鮮さを私に与えてくれる。

 

細倉 真弓

 

 

 

細倉真弓は、写真作品を通じて自己/他者、身体、性などの境界について思考を重ねてきました。

近年、細倉が関心を寄せるのは、他者との「共有できなさ」の感覚です。あたかも「見えているもの」はすべて他者と共有可能であるとするような視覚偏重の社会において、細倉は、まさにその視覚表現を通してその確からしさに疑いの目を向けています。

 

《散歩と潜水》シリーズは、2022年から制作をスタートした近作で、本来個人的なものでしかない「見る経験」を可視化させ、共有してきた細倉の新たな展開を示す作品です。

細倉が本作に寄せたテキストにおいて「地図」と呼ぶのは、彼女が日々採集しているイメージを合成して作られた巨大な1枚のイメージです。そこから切り出した細部を、古典的写真技法であるサイアノタイプを使って定着させた本シリーズは、自身の視点のなかに、未知の欲求を発見する試みと言えるでしょう。自分が採集したイメージのなかを歩き回る「散歩」、ある地点を極端に拡大する「潜水」、そして、そこから再びイメージを採取するこのプロセス自体が、写真を平面から、深さのある空間として再定義しています。

本シリーズにおいて、サイアノタイプで「地図」の一部を再構築する工程では、イメージを分割し露光することが不可欠ですが、ここでは不安定な光源である日光を使った露光によって、分割された細部の色調や濃度に差異が生じています。年々自動化し、失敗が起こりにくくなっている写真に、環境由来のエラーを取り入れる態度や、日常の光景のなかから一見取るに足らない細部を掘り起こし、日光の力で時間をかけて露光するという手法は、素朴かつ根源的な「写真」を体現しています。

 

他方で、このサイアノタイプの青は、《KAWASAKI》等に見られる、細倉を象徴してきた青みがかったイメージを想起させます。

細倉は、うっすらとした青の色調について、「写真が現実ではない」ことを強調する意図があると語ります。サイアノタイプは、その技法が必然的に青い像を作るという点で、細倉が欲するところの現実ではないイメージを作り出す最も自然な手立てです。

 

近年、細倉は、彼女が「地図」と呼ぶ巨大なコラージュのイメージをさまざまな方法で作品に登場させています。

2019年に発表された《NEW SKIN》は、ゲイ雑誌の切り抜きや、男性彫像の写真、ウェブ上で見つけたセルフィー、細倉が撮影してきた男性の写真などを組み合わせた「地図」のなかを歩き回り、そこに興味深い細部を発見する細倉の視点を再現した映像作品です。

本作では、彼女が作り出した「地図」のうち、特定の細部に注目する細倉の視点を鑑賞者が追体験することになります。映像において細倉は、合成の手法によって細胞のようなディティールが生成されている箇所を繰り返し拡大します。そのディティールは、意図せずに生じたエラーであると同時に、デジタル写真技術が作り出した「新しい肌」と言えます。この「肌」の質感を繰り返し見る(と同時に見せる)ことによって本作は、自分の視点と他者の視点、人と他者との境界面としての皮膚、皮膚や細胞という条件によって分かたれる生物と無生物、そして、写真表現における「男性―撮る/女性―撮られる」という性別役割など、さまざまな境界を撹乱するのです。

 

《ジギタリス》は、「地図」を極端に横長のフォーマットで作り、それが焦れるような速度でゆっくりと横にスクロールしていく映像作品です。本作では、鑑賞者の視線は、そのスクロールの遅さによって、《NEW SKIN》や《散歩と潜水》において細倉が行った「散歩」を強いられるように、映像作品のなかを歩き回ることになります。

「ジギタリス」とは、大島弓子の同名作品中において主人公の友人の兄が「眠れない時無理に目を閉じているとどこからともなくわいて出て消滅する不定形の発光体」の「その1番でかい1番明るい星雲」に名付けた名前です。個人的視点を象徴するその「星雲」の名前を持つ本作は、自己の視点がいかに他者と共有できないかを体験させる装置と言えます。

 

新作《散歩と潜水》や《ジギタリス》、《NEW SKIN》で、彼女が「地図」と呼び、さまざまなかたちで登場するあらゆる視覚文化が流れ込んだ意識をそのまま可視化するようなコラージュは、美術史においてはロバート・ラウシェンバーグの作品まで遡ることができます。ラウシェンバーグは、彼が日常で出会った日用品や新聞や雑誌の切り抜きなど雑多なものを絵画面に取り入れたコンバイン・ペインティングで知られています。ラウシェンバーグについて、美術批評家のレオ・スタインバーグは「フラットベッド絵画面」というキーワードで、絵画が、それまで床に対して垂直に描かれ、そして鑑賞・体験されてきたことを指摘し、彼の作品自体が机や床のような作業を行うための水平な「作業-面」(ワーク・サーフェイス)へと移行していることを示しています。

細倉の作品では、ラウシェンバーグのように日用品や布などの雑物を物理的に絵画面でコンバインさせるのではなく、あくまで写真的な手続きを踏んで、雑多なものを収集し、地図のように水平に広げ、結合させています。この地図は二次元的なMacのデスクトップ上で生成されつつも、彼女が垂直水平移動を行う面であり、かつ「潜水」と呼ぶのがふさわしいほどに、人の感覚がすっかり没入するのに十分な面積と深度を持っています。また、ラウシェンバーグの作品が、情報の速度が格段に増したころの社会を反映していたとすれば、細倉は、その面を歩き回る視点を共有することで、当時よりも多様かつ露骨な欲求を内包するイメージ環境と、それに対するわたしたちの視覚の生理を反映しています。

 

他方で、細倉は『KAZAN』(2012年、アートビートパブリッシャーズ)や、『Transparency is the new mystery』(2016年、MACK)、『KAWASAKI PHOTOGRAPHS』(2017年、サイゾー)などに収録されたようなポートレート作品でも国内外から注目を集めてきました。細倉のポートレート作品は、先に述べたように、リアリティを減じる独自の色調を特徴としています。ある人物の存在によって物語を想像させるのではなく、一瞬に永続性をもたらすような1枚1枚のイメージは、細倉が写真家であることの矜持をたたえています。

 

各々が自らの視覚的欲求を「見せる」ことで独自性を確立してきた写真家の「伝統」を自覚し、それに向き合う細倉の作品には、「写真」に対する明晰さと、拭い去りがたい熱が同居しているのです。

 

執筆協力:村上由鶴

 

 

 

細倉真弓 Mayumi Hosokura

立命館大学文学部、及び日本大学芸術学部写真学科卒業。

触覚的な視覚を軸に、身体や性、人と人工物、有機物と無機物など、移り変わっていく境界線を写真と映像で扱う。東京/京都在住。

主な個展に「Sen to Me」(2021年、Takuro Someya Contemporary Art、東京)、「NEW SKIN |あたらしい肌」(2019年、mumei、東京)、「Jubilee」(2017年、nomad nomad、香港)、「Cyalium」(2016年、G/P gallery、東京)、「クリスタル ラブ スターライト」(2014年、G/P gallery、東京)、「Transparency is the new mystery」(2012年、関渡美術館2F展示室、台北)など。

主なグループ展に、「恵比寿映像祭2023 テクノロジー?」(2023年、東京都写真美術館、東京)、「後人類敘事——以科學巫術之名 Post-Human Narratives—In the Name of Scientific Witchery」(2022年、香港医学博物館、香港)、「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭 2022」(2022年、HOSOO GALLERY 、京都)、「ジギタリス、あるいは一人称のカメラ|石原海、遠藤麻衣子、長谷川億名、細倉真弓」(2021年、Takuro Someya Contemporary Art、東京)、「The Body Electric」(2020年、オーストラリア国立美術館、キャンベラ)、「小さいながらもたしかなこと」(2018年、東京都写真美術館、東京)、「Close to the Edge: New photography from Japan」(2016年、MIYAKO YOSHINAGA、ニューヨーク)、「Tokyo International Photography Festival」(2015年、ART FACTORY城南島、東京)、「Reflected-Works from the Foam collection」(2014年、Foam Amsterdam、アムステルダム)など。

写真集に『WALKING, DIVING』(2022年、アートビートパブリッシャーズ)、『FASHON EYE KYOTO by MAYUMI HOSOKURA』(2021年、LOUIS VUITTON)、『NEW SKIN』(2020年、MACK)、『Jubilee』(2017年、アートビートパブリッシャーズ)、『Transparency is the new mystery』(2016年、MACK)など。

作品の収蔵先として、東京都写真美術館など。

WEB花椿(資生堂)にて、エッセー「まぶたの裏、表」を連載中。

 

「細倉真弓|散歩と潜水」
会期:9月2日(土)〜10月7日(土)*会期延長し10月21日(土)まで
開廊:火〜土 11:00 – 18:00
休廊:日曜・月曜・祝日
〒140-0002 東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex 3F TSCA
tel 03-6712-9887 |fax 03-4578-0318 |e-mail gallery@tsca.jp

Artist Profile

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