特別展示|山中信夫、ルイザ・ランブリ、細倉真弓
15 August - 13 September, 2026
Venue : Takuro Someya Contemporary Art
Takuro Someya Contemporary Artは、2026年8月15日(土)より、山中信夫、ルイザ・ランブリ、細倉真弓による特別展示を開催いたします。
写真という媒体を起点に、それぞれ独自の造形表現を展開してきた三人の作品がひとつの空間に集い、光と時間を受けとめながら像を生み出す、その表現の可能性を三つのまなざしから照らし出します。
みっつのまなざし
林 寿美(インディペンデント・キュレーター)
まなざしとはいかなるものだろう。
まず、まなざしには温度と強度がある。母が子に向ける温かく柔らかなまなざし。研究者がデータを分析する冷徹なまなざし。あるいは、車窓から景色を眺めるときのように、対象を定めずにただぼんやりと目を向こうにやるのみで、温度も強度もないまなざしもある。
そして、まなざしは他の誰でもない、あなた自身のものである。見る行為は経験や記憶となり、それが思想や価値観を形成し、視座を変え、その視座の変化があらたな物差しをつくり、次のまなざしへと導いていく。そうすることで、まなざしの温度や強度もまた多彩になり、より深く豊かな体験が人生に刻まれていく。
このように、まなざしはきわめて個人的なものであるが、美術作品は、自分には持ち得ない新しい視座を見る者に与えてくれる。なかでも、現実をとらえた写真や映像作品は、作り手=他者の世界へのまなざしを直に共有させてくれる特殊な媒体といえよう。
細倉真弓(1979- )は、高校生の頃、1990年代半ば以降に日本で隆盛した“ガーリー・フォト(女の子写真)”の影響を受けて、何気ない日常を切り取るスナップ写真を撮り始めるが、やがて独自のコンセプトに基づいたモティーフと画面構成へと作品を進化させる。初期の代表作〈KAZAN〉シリーズでは、若い男女のみずみずしい肉体と鉱物などの自然物をとらえた写真を対にしてみせた。なめらかな若者の肌。適度な弾力をそなえた筋肉。その背後に潜む傷つきやすさと脆さ。それらと並置されるのは、硬くゴツゴツした岩石や、無機質な鉱物の結晶だ。これらを見ると、細倉が差し出すまなざしが触覚に多くを拠っていること、そして、対になった被写体はさまざまな点で対照的なモティーフであるものの、できあがったイメージには似通ったエネルギー・フローがあることがわかる。つまりここでは、身体や鉱物といった事物がいったん現実世界の属性を脱ぎ捨て、色と形に還元されて画面を構成しているのである。具象性を留めた世界を抽象化して別のダイナミクスに変換する、そのためのまなざし。それゆえだろうか、細倉の作り出すイメージは一様に乾いていて、どこかよそよそしい。個人的な視座を出発点としながらも、被写体をあえて遠ざけるようなその立ち位置は、画面全体を着色する手法にも明らかであるが、こうした適度に冷めたまなざしが、「視覚の実体と現象のあわいにあるような超個人的な視覚の体験」[1]を見る者にもたらしている。人間/自然、生物/無機物を対比させたり(〈KAZAN〉)、フォトグラムと刺繍を組み合わせたり(〈Sen to Te〉)と、異種混合によってまなざしを複層化するのは、作家がこの現実と幻想の“あわい”をねらっているからにほかならない。
イタリア出身のルイザ・ランブリ(1969- )は世界各地の建築物を訪れ、その内部空間の一部を被写体にした写真を手がける。個人邸から劇場や美術館などの公共建築まで、なかにはル・コルビュジエやフランク・ロイド・ライト、妹島和世をはじめとする著名建築家が設計したものもあるが、ランブリのまなざしは建築そのものには向けられていない。彼女がとらえようとするのは、外から光が入り、その空間に流れる特別な空気——場の気配だ。トリノの歌劇場では天井に落ちる光と影のリズミカルな交錯が、ある住居では木製折れ戸の隙間から差し込む啓示のような細い光の筋が、目に見えないけれど確かにそこにある、その時そこにしかない気配を生み出している。それらをできる限り純粋にとらえようとするランブリのまなざしは、徹底して無色透明で静謐でありながら、全てを受け入れるためのしなやかさをそなえ、見る者はまるで自分自身がそこにいたかのようにその場の光と空気を肌で感じることができるだろう。その感覚は、銀塩カメラでフィルムに焼き付けられたイメージが、現像液のなかでゆっくりと立ち現れてくるのに対峙するのにどこか似ている[2]。撮影した途端に液晶画面上に現れるデジタル画像とはほど遠い、光と時間の恩恵に浴した、場の気配の写し絵。それを享受できるのは、シンプルだがきわめて尊い僥倖である。
山中信夫(1948-82)が手にしたのは、銀塩カメラでもデジタル・カメラでもない、35ミリカメラを改造した手製のピンホール・カメラだった。16世紀に発明されたカメラ・オブスクラ(箱に小さな穴を開けて外光を入れることで、箱の内部に倒立像を結ぶという装置)を原型にしたピンホール・カメラを用いる際は、ファインダーを覗いてシャッターを切る代わりに、穴からイメージを定着させるのにじゅうぶんな光が箱の内部に届くのをじっくり待たねばならない。つまり、画像を成立させるのは人間のまなざしや撮影技術ではなく、太陽の光だといっても過言ではないだろう。
山中が1973年に手がけた一連のカラーのピンホール写真《あふれる太陽のピンホール》では、その名の通り、ぼんやりと丸く浮かび上がる風景の周縁に、太陽の光が滲んだりキラキラと輝いたりするさまが見てとれる。写し出されているのは何の変哲もない風景なのに、太陽の光を携えたそれらは、人間が世界に向けたまなざしの表象というより、祝福された世界の顕現のようだ。写真家の鈴木理策が述べたように「ピンホール・カメラは素朴な写真撮影の道具と思われがちだが、山中は写真を撮る道具というよりも映像生成装置として扱っていたように感じる。彼の関心はピンホール現象そのものだった」[3]のだろう。これらの小さな写真にも、そこにある“実体”ではなく、光によってもたらされる“現象”としての世界が表れ出ている。
細倉は「写真的体験」と題したテキストでこう述べている。「写真が写真になる以前、カメラオブスキュラと呼ばれる小屋の中で画家たちは外の風景を針穴を通して手元の画板に移しそれを書き写して定着させていた。その画板に写されていた画像を人の手を使うことなく化学的作用で定着させたものが写真となるのだけれど、もし定着という行為以前、ちらちらと手元で揺れるマジカルで幻惑的なその画像(映像?)そのものが写真であったのだとしたら?」[4]いみじくもこの言葉ほど、半世紀前に山中が手がけたピンホール写真を的確に言い当てたものはない。そしてランブリもまた、アメリカの作家ナンシー・ホルト(1938-2014)がユタ州の砂漠に設置した《Sun Tunnels》(1973年)を写真におさめており、直径2.7メートルのコンクリート製トンネルに白い光が満ちるそのイメージは、山中のピンホール写真へのオマージュのようである。三人の写真家のみっつのまなざしは時を超えて重なり合い、静かに対話を始める。
[1]細倉真弓「まぶたの裏、表 vol.01 写真的体験」、資生堂『花椿』、2022年8月22日
https://hanatsubaki.shiseido.com/jp/eyelids/19281/
[2]ランブリは今もデジタルカメラを持たず、日本製の一眼レフカメラ「マミヤRZ67」を使用している(2026年7月22日付の作家のメールより)。
[3]鈴木理策「山中信夫にとっての写真」、「没後40年 山中信夫☆回顧展」カタログ、栃木県立美術館、2022年、137頁。
[4]細倉真弓「まぶたの裏、表 vol.01 写真的体験」、資生堂『花椿』、2022年8月22日
https://hanatsubaki.shiseido.com/jp/eyelids/19281/
[展覧会概要]
特別展示|山中信夫、ルイザ・ランブリ、細倉真弓
会期:2026年8月15日(土)〜9月13日(日)
開廊:火〜土 11:00 – 18:00
休廊:日曜・月曜・祝日
〒140-0002 東京都品川区東品川1-33-10 TERRADA Art Complex I 3F TSCA
tel 03-6712-9887 |fax 03-4578-0318 |e-mail gallery@tsca.jp
協力:ギャラリー小柳
*同時開催
As One Draws|TSCA 20th Anniversary Group Exhibition
会期:2026年8月15日(土)〜9月13日(日)



